肉団子

 元旦の朝、許さんは早々と起きて、家政婦に挽き肉を買いに行かせた。同時に、餅米を水につけてふやかし、ネギと生姜を準備し、台所で一働きする。

 家政婦が挽き肉を買ってきたら、許さんはテレビで見たとおり、料理を始めた。挽き肉とネギ、生姜を細かく切って、少しの醤油と水を加え、もち米と混ぜて小さい団子を作る。その団子を盆に並べて、蒸し器で蒸す。人生で初めて厨房に入った人なら、厨房の仕事は疲れるのが自然なのだが、許さんにとっては精神的に愉快なものだった。そればかりか、この台所仕事は離職して以来2か月余りの気抜けしたような孤独感と欠乏感を薄めてくれるのだ。

 許さんは白い煙が上る蒸し器を見つめながら、タバコに火をつけ、若い時、好きだった「三八式銃を担いで、弾を込める」という唄を口ずさむ。

 昼になって、長女が孫息子を、次女が孫娘を、さらに長男が結婚したばかりの嫁を連れてやって来た。彼らはみな許さんに新年のプレゼントを持って来た。長女は多機能杖、次女は薬用酒を二本、長男は麻雀セットを持って来た。それから、孫息子と孫娘までもが年賀状と布きれで作ったウサギの人形をプレゼントした。(この年はうさぎ年だったため)

 食事の前に、みんな、家政婦から聞いて、今日は許さんが料理の腕前を披露することを知っていた。家政婦が熱々の真珠のような肉団子を捧げ持ってきて、テーブルの中央に置いた時、拍手が起こった。みんなの目がテーブルの上の真珠のようにぴかぴか光る肉団子に注がれた。みんな、信じられないような気持ちで、首を振り、笑ったが、箸を取ろうとしなかった。

 「さあ、食べて!」

 許さんが自慢げに言って、みんなのお椀に箸で取り分けた。それから、まるで小学生が試験の答案を先生に出して先生の批評を待つように、みんなのことばを待った。

 長女と次女、それに長男が一口食べ、続けざまに頷いて、「おいしい!本当においしい!」と言った。

 長男の嫁も一口食べると、眉間にしわを寄せたが、すぐに慌てて、「すごくおいしいわ」と言った。

 孫息子は一口食べると、口をゆがめて、何か言おうとしたが、母親の「お礼を言わないの?」という一言によって遮られた。

 孫娘は一口食べると、思い切り首を振った。母はすぐにその肉団子を挟んで、自分のお椀に入れて、「この子ったら食わず嫌いで、肉も食べなくなったのよ」と言った。

 それから、みんなで許さんの幸福、長寿、健康、安寧を祝って乾杯した。許さんは名酒の西風酒をうれしそうに一口で飲みほした。

 許さんが、「わたしも食べてみよう」と箸を持って、肉団子を取ろうとした時、

 長女は、「お父さんが私たちのために作ったものを自分も食べるの?」

 次女は、「私たちが二つずつ食べたらちょうどいいわ。お父さんに食べられたら足りなくなるわ。」

 長男は、「お父さんは食べなくてもいいよ。他の料理を食べたらどう?」

 許さんは、「一つだけだ。一つだけ食べるんだ」と頑固に言い、箸でつまんで一口食べた。そして、愕然とした。

 その肉団子の味も素っ気もないことで、塩を入れ忘れたことを思い出した。彼は周囲の無理に作った笑顔を見た。そして、何故か、鼻の辺りがつんとしてきて、涙ぐみ、目の端から涙が二粒零れ落ちた。

                           原作:梁秉坤「珍珠丸子」(一分間小説選)
                    北京語言学院 楊殿武 張恵先 編著 中華書店1992年
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稽古始

正月といえば思い出すことがいくつかあります。

まず、高校時代の剣道部のことです。

高校一年生の冬休み、剣道部で年末年始の合宿がありました。31日の夕方、父が運転する車で、布団を学校の道場へ運ぶ。部員たちが全員で学食へいき、夕食をとった後、しばらく休憩してから、この年最後の練習を始める。そして、時々休憩を取りながら、零時が近づくと、みな正座し、面を取って、礼をし、この年のけいこを終えます。

そして、しばし休憩した後、零時過ぎ、新しい年を迎えると、再び、全員正座をして、黙想し、黙想を終えたら、面を着け、練習開始、「稽古始め」を始めます。そのまま数時間けいこをして、全員、道場で寝るのです。

その間、カウントダウンもしなければ、無駄口を叩くこともありません。もちろん「ヤー」などという大きな掛け声だけは道場に響きますが、それ以外は本当に、神聖な空気の中、黙々と稽古をするのです。

今思えば、実に精神を重要視する部活動でした。そのころ、いつも朝練もあり、「シゴキ」といってもいいものでした。そのため、疲れ切ってから授業に出るという毎日でした。一時間目はほとんど睡眠学習の時間になってしまい、その結果、得意な数学が一気に苦手科目になったのを覚えています。

また、同じ一年生の友人が「苦しさ」から「やめたい」と言った時、先輩が「お前はここへ何をしに来たのだ?楽しみたいと思ってきたのか?ここは苦しむための場所なのだぞ」と言ったことも忘れられません。

話は少し戻りますが、一年生の秋ごろの、自分の学校の体育館で県大会がありましたが、試合と試合の間に、私は先生に別の場所にある道場へ連れて行かれました。そこで、私を待ち受けていたのは、厳しい練習、いわゆる「シゴキ」が待っていました。精神が高揚した私は先生に向かって、「この野郎!」と叫び、ぶつかって行った時、先生は「そこまでだ。体育館に戻れ」と言いました。そして先生といっしょに体育館に戻ると、突然、先輩の代わりに試合に出るように言われました。わたしは何が何だかわからず、また、何も考えられないまま、ほぼ無心の状態で試合に出ました。そして勝ったのです。後で聞けば、相手は二段の選手だということでした。私は無段でした。この時の体験も忘れられません。

あれこれ考えると、勝てないが、無心になれば、勝てるということなのでしょうか。そして、私がそういう人間であることを先生は見抜いて、「シゴキ」ともいえる練習の後で、試合に出したのだということでしょう。

二年生になって、先生が変わり、私は試合に出る機会を失いました。それでも、夏休みの合宿には参加しました。その中で、もう一つ忘れられない出来事がありました。合宿の最中も激しい練習が続き、暑さの中、毎日、学校の塀を乗り越えたい欲求を抑えるのに必死でした。夜、道場で寝ていると、キャプテンがうなっていたのを思い出します。苦しかったのでしょう。キャプテンの重圧と練習の厳しさに苦しんでいたのでしょう。「う~、う~」とうなっていた声を今も覚えています。

秋を過ぎたころ、私は腰を痛めました。練習にも出られず、ただマネージャーのような仕事をするようになりました。そのころ心配になったのは大学受験です。朝練の後、一時間目に寝ていた結果、勉強のほうは全くダメになっていました。もちろん朝練のせいにするのは間違いです。成績でトップクラスを維持しながら、剣道でもどんどん上達していった同級生がいました。私自身が、校訓である「文武両道」を実現できなかったというだけのことです。

そして高校二年生の冬、これ以上続けていたら、大学も難しいと考えた私は両親の説得もあり、正月を前に退部し、二度目の稽古始はありませんでした。

新年のあいさつ

新年あけましておめでとうございます。

2016年丙申の年、新年を無事迎えることができました。
新しい年に向けて、今年こそは、ここにいろいろな物語を書いて行こうと思います。
特に思い出の記として、過去を振り返り、一編の物語としたいと考えています。

どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

平成28年2016年丙申(ひのえさる)正月

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すべてが終わった時、すべてが始まる。

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