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匆匆 (原作:朱自清)

匆匆(そうそう) 原題:匆匆 原作者:朱自清

 燕は去っても、また来る時がある。柳は枯れても、また青々とする時がある。桃の花は散っても、また咲く時がある。しかし、聡明なあなたよ、教えて欲しい。私たちの過ぎ去った日々はどうして一度去ったら、戻って来ないのだろうか。誰かが盗んだのか?いったい、誰が盗んで、どこに隠したのか?あるいは、自ら逃げていったのか?それで、どこへ逃げて行ったのか?

 彼らが私にどれだけの日々をくれたか、私は知らない。しかし、私の手がだんだんと空虚になっているのは確かだ。jひそかに計算してみたら、八千数日がすでに私の手の中からすり抜けていったことになる。針の先の一滴の水が大海に滴り落ちるように、私の日々は時間の流れの中に音もたてず、姿も見せずに、滴り落ちていったのだ。私はそれを考えると、だらだらと流れる汗を、さめざめと流す涙を禁じえない。

 去るものは去ってしまい、来るものは次々と来る、この去来する間は、どんなに忙しいことか。朝、私が起きると、私の小さな家には、太陽があちこちから、斜めに差し込んでくる。太陽には足があるんだね、軽々と、そして、ひっそりと移動する。私もぼんやりとして、いっしょに動き回る。私が手を洗っている時、日は盥の中から逃げていき、ご飯を食べている時、日は茶碗の中から逃げていく。黙っているとき、日は見つめる二つの眼の前から逃げていく。彼の去るのがあわただしく感じられたので、手を伸ばして、遮ろうとすると、また遮る手から逃れていく。空が暗くなり、私がベッドに横になっていたら、すばやく私の体の上を跳び越えて、私の足もとから飛び去っていく。私が目を覚まして、再び太陽に出会って、一日が過ぎていく。私はため息をついた。しかし、新しい日の影は、ため息の中を、きらりと光って通り過ぎる。

 飛び去るように過ぎ去る日々の中で、大勢の人がいる世界の中で、私に何ができるだろうか。ただ徘徊するだけしかないのではないか、ただあわただしさがあるだけではないか。八千数日のばたばたとした中で、徘徊したこと以外に、何が残っているのか。過ぎ去った日々は煙のごとく、微風に吹かれて散ってしまった。薄い霧のごとく、朝日に照らされて蒸発してしまった。私はどんな痕跡を残したのか。私はどうして陽炎のような痕跡を残したのだろうか。私は裸でこの世界にやってきて、あっという間にまた裸になって戻っていくのだろうか。しかし、安穏としていられない。どうして、一度きりの人生をわざわざ無駄にすることができるだろうか。

 あなたは賢い、私に教えてくれ、私たちの日々はどうして一度去って二度と戻らないのか?


出典:1922年3月28日(発表1922年4月11日)

朱自清(1898年11月22日—1948年8月12日)光緒年間,本名自華,号秋実,字字佩弦。原題著名作家、学者。本籍膏浙江省紹興,江蘇海州(今の連雲港市),後祖父に従って、父のいる揚州に住む。
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