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年老いた牛の眼(原作:毛丹青「老牛的眼睛」)

 あなたは年老いた牛の目を見つめたことがあるだろうか。その沈着冷静なまなざしに心を動かされたことがあるだろうか。

 わたしが小さい時、文化大革命があった。わたしは、わたしの両親も農村の幹部学校に行かされ、わたしは両親について行った。私たち家族はそこで忘れがたい日々を過ごした。

 その当時の子供は大人たちと違って、自由奔放であちこち走り回っていた。時に大人たちの心配げな顔を目にしても、子どもたちは天真爛漫だった。その時代において、都市から移されてきた知識分子たちはすべて、当時のこどもから「牛小屋の住人」と呼ばれていて、この言葉がいったい大人たちにどれだけつらい思いをさせていたのかについては、当時の子どもたちは誰も想像できなかった。当然のことだが、誰もわざわざ話してはくれなかった。文革中の大人たちは何でも子供たちに話すのではなく、とりわけ政治上の難しい問題についてはお茶を濁していた。そういうわけで、大人と子供とは、一つの分厚い壁で隔てられているようなものだった。

 わたしが今でも覚えている話がある。当時、ある北京大学の教授が「反革命分子」というレッテルを貼られたため、家族たちは、彼を絶縁し、紅衛兵が彼を連行して街中を引き回す時にもその手伝いをしたという。教授は必死で耐え、幹部学校へ移されると、工事現場に住むよりも、むしろ年老いた牛を友としたいと希望し、毎日、牛小屋で寝起きしていた。

 ある日、教授は死のうと思った。一本の太い縄を牛小屋の梁に縛り付け、首吊りをしようと考えたのだ。ところが、ちょうどその時、彼のそばの年老いた牛がとても暖かい眼で彼を見つめていたそうだ。「もう、もう、もう」という牛の声は教授にとっては「いけない、いけないよ、やめろ」と言っているように聞こえたというのだ。

 教授はこの牛の暖かいまなざしに深く感動し、これからは粘り強く生きていこうと決心したそうだ。

 それから、数年後、大人になったわたしはこの教授と会って、この話を聞いたのだ。

 「あの年老いた牛の眼はまさに仏の目だったよ。」

 そう言ってから、教授は口の中でぶつぶつ言った。

 「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)!」


                                           原作:毛丹青「老牛的眼睛 」
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