稽古始

正月といえば思い出すことがいくつかあります。

まず、高校時代の剣道部のことです。

高校一年生の冬休み、剣道部で年末年始の合宿がありました。31日の夕方、父が運転する車で、布団を学校の道場へ運ぶ。部員たちが全員で学食へいき、夕食をとった後、しばらく休憩してから、この年最後の練習を始める。そして、時々休憩を取りながら、零時が近づくと、みな正座し、面を取って、礼をし、この年のけいこを終えます。

そして、しばし休憩した後、零時過ぎ、新しい年を迎えると、再び、全員正座をして、黙想し、黙想を終えたら、面を着け、練習開始、「稽古始め」を始めます。そのまま数時間けいこをして、全員、道場で寝るのです。

その間、カウントダウンもしなければ、無駄口を叩くこともありません。もちろん「ヤー」などという大きな掛け声だけは道場に響きますが、それ以外は本当に、神聖な空気の中、黙々と稽古をするのです。

今思えば、実に精神を重要視する部活動でした。そのころ、いつも朝練もあり、「シゴキ」といってもいいものでした。そのため、疲れ切ってから授業に出るという毎日でした。一時間目はほとんど睡眠学習の時間になってしまい、その結果、得意な数学が一気に苦手科目になったのを覚えています。

また、同じ一年生の友人が「苦しさ」から「やめたい」と言った時、先輩が「お前はここへ何をしに来たのだ?楽しみたいと思ってきたのか?ここは苦しむための場所なのだぞ」と言ったことも忘れられません。

話は少し戻りますが、一年生の秋ごろの、自分の学校の体育館で県大会がありましたが、試合と試合の間に、私は先生に別の場所にある道場へ連れて行かれました。そこで、私を待ち受けていたのは、厳しい練習、いわゆる「シゴキ」が待っていました。精神が高揚した私は先生に向かって、「この野郎!」と叫び、ぶつかって行った時、先生は「そこまでだ。体育館に戻れ」と言いました。そして先生といっしょに体育館に戻ると、突然、先輩の代わりに試合に出るように言われました。わたしは何が何だかわからず、また、何も考えられないまま、ほぼ無心の状態で試合に出ました。そして勝ったのです。後で聞けば、相手は二段の選手だということでした。私は無段でした。この時の体験も忘れられません。

あれこれ考えると、勝てないが、無心になれば、勝てるということなのでしょうか。そして、私がそういう人間であることを先生は見抜いて、「シゴキ」ともいえる練習の後で、試合に出したのだということでしょう。

二年生になって、先生が変わり、私は試合に出る機会を失いました。それでも、夏休みの合宿には参加しました。その中で、もう一つ忘れられない出来事がありました。合宿の最中も激しい練習が続き、暑さの中、毎日、学校の塀を乗り越えたい欲求を抑えるのに必死でした。夜、道場で寝ていると、キャプテンがうなっていたのを思い出します。苦しかったのでしょう。キャプテンの重圧と練習の厳しさに苦しんでいたのでしょう。「う~、う~」とうなっていた声を今も覚えています。

秋を過ぎたころ、私は腰を痛めました。練習にも出られず、ただマネージャーのような仕事をするようになりました。そのころ心配になったのは大学受験です。朝練の後、一時間目に寝ていた結果、勉強のほうは全くダメになっていました。もちろん朝練のせいにするのは間違いです。成績でトップクラスを維持しながら、剣道でもどんどん上達していった同級生がいました。私自身が、校訓である「文武両道」を実現できなかったというだけのことです。

そして高校二年生の冬、これ以上続けていたら、大学も難しいと考えた私は両親の説得もあり、正月を前に退部し、二度目の稽古始はありませんでした。
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