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愛欲と出家

 仏教の世界には、面白い人がたくさんいる。昔、禅海和尚という人がいたそうだが、この人は江戸で人殺しをして、地方へ逃げ、現在の大分県まで来たとき、断崖絶壁の難所を鎖で渡る人たちを見た。中に、時折、死ぬ人がいるのを知って、罪滅ぼししようとしたのだろうか、安全な道を作ろうと思い立った。それから、掘削資金を托鉢で集めながら、石工たちを雇い、自分もいっしょに、ノミと槌だけで、30年の歳月をかけ、長さ数百メートルの洞門、今で言うトンネルを掘り抜いたという。今から250年ほど前の話だと思うとすごい。この話は、菊池寛が、「恩讐の彼方に」という小説に書いて久しいので、知っている人も多いだろうが、犯罪者が改心して、宗教の道で成功するという話は、どこか宗教CMのようなものが感じられて、一概には信じがたい。
 海外にも似たような話がある。今から二千年ほど前の話だ。場所はインドである。竜樹という才能豊かな若者がいた。誰よりも早く学問の道を究めた彼は、学問に少し飽きたようで、「これからは快楽を追及しよう」と考えた。そこで、仲間と三人で、「カクレミノ」という薬を作った。
これはどんな薬かというと、作り方は、ヤドリギという、落葉広葉樹に寄生するという珍しい木を集めてきて、みな10センチほどの長さに切り、日陰に300日ほど干しておいたのを使って作るという。出来上がったこの薬を頭に擦り付けると、薬が効いて、塗った当人の姿を隠して見えなくしてしまうという。竜樹は術を使う仙人から習い覚えたらしい。
 さて、この三人の俗人は、お互いに薬を頭に塗りあって、後宮に入った。姿が見えないのをいいことにして、宮中の奥方たちを犯した。味を占めた彼らは、それから、何度も忍び込んで、ほとんどの女性たちを犯してしまった。女たちも困った。何しろ、目に見えぬ何者かが忍び寄ってきて、犯すのだから、どうにもしかたがない。そのうち、数人の女性が身ごもった。女たちは泣いて王に申し出た。王も、どうにかしなければと考えた。この王はずいぶん賢い人だったようだ。
 「この見えない者たちは、姿を隠す薬を作ったのに違いない。これから、宮中のすべての場所に灰を撒いておこうではないか。そうすれば、姿を隠した者たちでも、足跡が付いて、どこにいるか、はっきりわかるにちがいない」
 王は、そう言って、役人たちに、灰を準備させ、宮中にくまなく撒かせた。
俗人三人が宮中に入り始めてから、百日ぐらいが経過したころのことだ。彼らは床に灰がまいてあるのも知らずに、いつものように、宮中に忍び入り、灰を踏んでしまった。歩いた後に、足跡がくっきりと残っている。三人ともあわてたが、時すでに遅く、飛び込んできた衛士たちが足跡から、彼らの居場所を推測して、刀を振りかぶった。あっという間に二人が切り殺された。残った一人は、あわてて、后の着物を頭からかぶり、部屋の隅に隠れて祈った。
 「見つかりませぬように。お願いです。助けてください。」
 衛士たちは、他の足跡から彼を探して、あちこち動き回っている。男は、その騒動を聞きながら、心臓が激しく鼓動するのを感じた。だが、決して、あわてなかった。ここが彼の豊かな才能の証なのだろう。乱にいて治を忘れず、治にいて乱を忘れずという言葉もある。ピンチになって騒ぐものほど小人である。彼は息を殺してじっと耐えながら考えた。
 「この快楽を求める心がいけないのだ。こいつは悪魔だ。こいつのせいで仲間は殺されてしまった。私もおそらく助からないだろう。万が一、助かることがあったら、この快楽という悪魔を心の中から追い出さなければならない」
 男はそう思いながら、無事に脱出できるようにと一心に祈った。
 そのうち、衛兵たちの、「どうやら二人だけだったようだ」というのが聞こえた。あたりはだんだん静かになっていった。男は、どきどきと音を立てる心臓を押さえながら、そっと、衣から抜け出し、足音を忍ばせて、宮中を脱出した。
 彼はこの恐ろしい体験を忘れることができなかった。今で言う、心的後遺症が残った。普通なら、ここで、発狂しそうなものだが、この男は違った。この経験を上手に生かした。
 「そうだ。出家しよう。出家して人間の心の謎を究めよう。」
 彼はすぐに山の上にのぼり、仏教寺院を訪れて、修行を始めた。頭脳明晰な彼は短期間のうちに、小乗仏教の経典を理解した。そして、仏典に書いてあることは完璧ではないと思ったという。そこで、彼は、自ら新しい思想を作り出したという。それが大乗仏教だということだ。
 若いころ、非道のセクハラ事件を起こしながら、罪を逃れて、出家したこの人の名は、龍樹菩薩。インド名はナーガールジュナ。後の般若心経の中の「空即是色」は、この人の考え方によるのだという人もある。私はまじめな仏教徒ではないから、詳しいことは知らないが、彼の、この大乗仏教は、文献によれば、自らを高める、悟ると同時に、人に対して利する、つまり「利他(りた)」の心を教えるものだというようなことを何かの本で読んだことがある。竜樹という人は、この思想の祖である。
 人間はみな欲望の塊だ。愛欲はいつの世でも悪魔の手先となる。早く悟らなければ、人は、地獄へ落ちることになるだろう。大事なことは機を逃さずに、悟る事なのかもしれない。
 
 追記:古典のある説話集から翻案したものです。
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